はじめに
気づけば2月が終わりを迎えようとしています。私ごとではありますが、2月の初めから中盤までは、ほとんど能登地震の災害派遣に行かせていただいていました。災害支援ナースと山口県JMAT看護師としての派遣です。本当に貴重な経験をさせていただいたことには感謝しかありません。 今回の記事では、私が実際に現地で思ったことなどを書いてみたいと思います。詳しい活動の内容を知りたいという方もいらっしゃると思いますが、現地の方々の生活に関することになりかねますので、被災地での活動内容等については詳しく書くようなことはいたしませんが…。
また、私の仕事についても今後の動き方について意思を固めました。はたして、このままフリーランスを続けるのか、就職して組織にもどるのか。今後はどのように動くのか。私の思いも含めて書いてみようと思います。興味や関心のある方にみていただけると幸いです。
目次
今の仕事の状況
ある1週間の仕事の様子
2月の2週目の様子です。被災地支援と看護学校の講師、総合支援学校の仕事と目まぐるしく動いた1週間でした。休日はなかったですが、様々な意味で勉強になる1週間でした。
| | 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
AM | 災害支援 ナース 派遣3日目 | 災害支援ナース 派遣4日目 活動最終日 | 災害支援ナース派遣 自県への移動 | 病院受診 | 萩総合支援学校 医療的ケア児支援 | 萩総合支援学校 医療的ケア児支援 | 三田尻病院JMAT 石川県への移動開始 |
| PM | DO | DO | DO | 萩看護学校 「災害看護」講義 | DO | DO → 三田尻病院JMAT 出発前日準備 | DO |
災害支援ナース・三田尻病院JMATとしての派遣
災害支援ナースでは、前後の宿泊日を含めて2月1日から2月6日までの期間、山口県災害支援ナースの第6班として活動。また、JMATの派遣では、移動日を含めて2月10日から2月15日までの期間、山口県医師会からの派遣2隊目として三田尻病院JMATでとして活動しました。
災害支援ナースとは
災害支援ナースとは、看護職能団体の一員として、被災した看護職の心身の負担を軽減し支えるよう努めるとともに、被災者が健康レベルを維持できるように、被災地で適切な医療・看護を提供する役割を担う看護職のことであり、都道府県看護協会に登録されていると日本看護協会により定義されています。(Wikipediaより)
JMATとは
日本医師会災害医療チーム(JMAT)は、日本医師会により組織される災害医療チーム。急性期の災害医療を担当するDMATが3日程度で撤退するのと入れ替わるようにして被災地の支援に入り、現地の医療体制が回復するまでの間、地域医療を支えるための組織である。(Wikipediaより)
活動を通して感じたこと
災害支援ナースとしての活動場所は金沢市以南地区にある1.5次避難所での支援でした。
1.5次避難所については今回初めて聞いたものなので大雑把な説明しかできませんが、被災地域から離れた場所に設置された比較的安全な場所にある避難所で、2次避難所に移動するまでの繋ぎのような施設になると思います。私の派遣された避難所には、災害支援ナースだけではなく、被災地圏の支援ナースの方や地元の県医師会の方、DMAT、JMAT、JRAT、JWAT、各県の保健師チームや介護支援のチームの方々など、様々なチームが支援に入っていました。今回は大きく2つ、保健師と協力して避難者さんの対応にあたるところと、DMATの指揮下に入って避難者さんの対応にあたるところに配属されました。
三田尻病院JMATとしての派遣では、主に、金沢市以南地区に沢山ある2次避難所を手分けして訪問し、必要があれば診療を行うというミッションを遂行しました。県庁のJMAT活動拠点本部から、金沢市以南地区のJMAT本部に配属され、地元の保健師さんと情報共有を行いながらの活動でした。
両方の活動で、支援者視点で支援に対する思いを書くとすると、『それぞれのチームがそれぞれの役割をはっきりさせないと様々な思いが生まれてしまう』ことと、『それぞれが相手をリスペクトして関わらないと辛いことが辛いことで終わってしまう』ということでしょうか(ちょっと表現を濁していますかね…)。2つの活動に共通するのですが、活動している最中によく、「結局〇〇チームが一番情報を持ってるんだよね。教えてくれたらいいのに」とか「〇〇チームが避難者さんに〇〇的に関わってるのに、私たちが改めて関わる必要があるんだろうか」みたいな声を聞くことが多くて、その結果避難者さんから「さっきも同じようなこと聞かれたけど…」と言われるようなことが多くあったことを思い出します。そのため、避難者さんにお声がけする際に「もし、同じ質問をされていたら申し訳ないのですが」を枕詞に会話を始めるようなことも少なくなかったように思います。
また、活動する中で支援者同士の関係性で思ったこともあります。その日に活動したチームが集まって一日の活動を報告するブリーフィングの時間の出来事です。あるチームの報告で、一部のミッションの中で被災地の方にうまく関わることができなかったと報告された医師がいらしたのですが、その言葉を聞く同じチームの看護師さんが横で涙をながされていました。きっと、かなり辛い思いをしてしまったんだろうと思います。ブリーフィングの中で、このチームへのフォローや気持ちが軽くなるような声かけもされていたので、私はこのための大切な時間にもなるよなって思いながら、会に参加して良かったな、なんて考えていました。ただ、ブリーフィングが終わって帰る際、私がエレベーターを待っている時に、あるチームの方達が「上手くいかないことなんてある?よっぽどコミュニケーションが下手なんじゃない?自分たちならそんなことにはならないよね。あんなに長く話して…」と言いながら通り過ぎていきました。あまりに悔しくて、柄にもなく一言言いたくなったくらいなので今でも鮮明に覚えています(意気地なしなので発言できませんでしたが)。これを当事者が聞いたらどんな思いをしてしまうかと思うと、ただただつらい。相手をリスペクトできていないからそんなことが言えてしまうんだと思いますし、これができないと、気付かぬうちに相手に嫌な思いをさせてしまうことがあるだろうとも思います。他職種、同職種間を問うことなく、ブリーフィングで発言されていた方々のように相手を思って発言ができるように務めていきたいと、改めて考えさせられました。
毎回、反省点ばかりの振り返りになってしまうのですが、今回の派遣では、沢山のチームが関わることですごく手厚い支援が行われていたことは実感できました。繰り返し起こる災害の経験が、支援の体制をより強くアップデートできていることも感じました。また、どちらの派遣においても避難をされている皆様からは、あたたかい言葉をいただいたり、手を振って見送ってくださったりと、逆に申し訳なくなるほどの気持ちも沢山いただきました。本当に学びの多い派遣だったと思います。災害支援ナースの育成指導者やJMAT研修のファシリテーターなどを担っている身としては、この度の経験を次に繋げることが大切な役割です。今後の育成指導に活かしていけるよう精進したいと思います。




良い支援には仲間との関係性が重要
この度の派遣で特に感じたことは、期間中に同じチームで活動するメンバーと良い関係を持つことの大切さです。支援先では、普段の指揮系統とは違う体系の組織に入って、普段関わったことのない多くのチームと関わることに加えて、慣れない土地で負荷のかかるミッションを行うこととなります。なので、共に活動するチームメンバーが精神的な支えになることが多くあります。今回の派遣では、チームメンバーの良好な関係性は支援の質にも影響するな、と感じることが多くあったため、そこについて少し振り返ってみます、
まず、JMATの派遣については、院内で一緒に仕事をしたことがある(または、働いてなくても顔は知っている)メンバーとの派遣なので、気心知れた仲間と一緒に活動することになります。医師と看護師を含むメンバー構成になるため、被災地内であっても普段所属で働く関係性に加えて意見を出し合いながら活動していくため、所属内で協働するとき以上の一体感を持つこともできたりしました。そのため、、JMATの派遣では、基本的には良好な関係性の中で活動ができますが、元々の所属で良い関係ができていないと辛い思いをしてしまうかもしれませんね…。また、三田尻病院では、出発の際は多くの職員の方が見送りに出てきてくださったり、帰院時は就業開始前にも関わらず院長先生が迎えてくださいました。所属のサポート一つで派遣への意識がすごく高まります。ありがたい環境で派遣に臨ませていただいたことには感謝しかありません。
さて、今回チームメンバーの関係性の大切さを特に感じたのは、災害支援ナースの派遣です。災害支援ナースのメンバー構成は、基本的に県の看護協会の采配になるため、普段は別々の所属で働いている看護師でチームを組む場合が多くあります。今回の派遣では、私を含めた4人が初めましての状態でチームが編成されました。少しだけ今回の体験を含めて、お話ししてみます。
災害支援ナースの派遣前は、事前にあるオリエンテーションでメンバーと会える機会があるのですが、私は今回のオリエンテーションは参加することができませんでした。しかし、その日の夕方には一緒のチームになった方から電話があり、「はじめまして」なんて言いながら、情報共有とライングループのお誘いをしていただきました。そこからは、準備のことや、出発時間の調整など細かく連絡を取り合えました。また、私たちの前に支援に入っていただいている方にもライングループに入っていただき、事前に多くの情報をいただくこともできました。自分の活動だけでも大変なのに、次のチームのことをたくさん気遣っていただいたことにもすごく感謝したことを思い出します。そんな感じで始まったチームビルディングでしたが、事前に多くのやりとりができていたことで、活動日が初顔合わせになった私も、早い段階からチームメンバー全員と言いたいことを話せるようになり、互いの意見を聞くこともできる関係を築くことができました。派遣先では、チームメンバーがバラバラに配属されて活動したり、日々活動場所が変わって困惑したりと、いろいろな負荷がかかる状況ではありました。しかし、チームで言いたいことを言い合って、お互いが行なった活動の情報共有などを常に行えたことで安心して活動ができて、辛いと思うようなことはなかったように思います。今回の活動では、避難者の方々や他のチームの方たちとの良い距離感で活動ができたように感じています。それは、支援者側の私たちが安心して支援に臨めていたことが大きく影響していると思います。緊張や高揚など、いろんな気持ちが生まれる支援中、チームメンバーの存在に助けられることが多くあったので、今後もメンバー間の関係性の構築については大切にしていきたいな、と本当に思った次第です。



被災地で迎えた誕生日
私ごとですが、災害支援ナースの派遣最終日に45歳の誕生日を迎えました。支援が終わって、雪が降る中、後泊のホテルに到着した際にメンバーの皆様から、サプライズでメッセージカードとプレゼントをいただいてしまいました。本当に感謝しかありませんし、色々な意味で思い出に残る誕生日になりました。メッセージカードを見ながら、私も少しは役に立てたんだ、嫌われてはなかったようだ、なんて思うと共に支援終了の安心感もあったからでしょうか、少し涙してしまいました。いただいたお酒は、通常の生活に戻ってからゆっくり晩酌で利用させてもらって飲み干しました。


派遣の間にあった萩総合支援学校と萩看護学校の仕事
派遣と派遣の間に萩総合支援学校の医療的ケア児の支援がありました。小学校の中にある総合支援学校の分教室で、医療的ケア児を担当する看護師として勤務していますが、今回は特に児童に癒されながら健康観察を行わせていただいた感じです。
また、災害支援ナースの派遣から帰ってきた翌日に、萩看護学校で「災害看護」の講義を行いました。本当は話したいことがいっぱいですが、2コマ中で多くの内容を網羅しないといけないため、教科書の内容で大切なところを話すことでいっぱいいっぱいでした。反省は残る反面、科目試験の結果はみんなとても良くできていたので、私の伝わって欲しいこと思ったことは伝えることができていたようで安心しました。
新しくご依頼いただいた仕事
新規で依頼をいただけた仕事をご紹介します。またまた講師の依頼ばかりではありますが、ありがたや、ありがたや。
- 新規の訪問看護事業所での 「小児を含めたフィジカルアセスメントと急変対応」講師 2日間
- 山口県看護協会 訪問看護ステップ1 「訪問看護対象論」6時間 「リスクマネジメント」3時間
新規の事業所の方からの依頼は、以前私が講義をした研修に参加されていた方からのご依頼でした。真っ当に頑張っていたら、いいこともあるものですね。これからも一つひとつの縁に感謝しながら、頑張っていこうと思います。
今後の働き方について
今回も、しばらくブログが更新できない間に、仕事やプライベートなことも含めると多くのことで考えることが多くありました。簡単ではありますが以下に書いてみます。
フリーランスを廃業し、4月から訪問看護ステーションこころの樹の管理者として…
前回の記事から話が進み、訪問看護ステーションこころの樹の代表取締役から、具体的に4月以降の私の働き方についての提案をうけました。相変わらず、私に対してすごく気を遣いながら丁寧に話してくださるので、私もそれに対して真摯に応えようと思いました。以下が提示していただいた条件となります。
・管理者として働いて欲しい。
・個人事業主は廃業してもらう形になるが、講師や非常勤の仕事は、出張や休みを利用して続けてもらっていい。
・待遇面については善処する。
簡単ですが、このような内容です。きっとこれから先、今やっていることを続けてもいいから正職員になって欲しいなんて言われることはないだろうと思います。フリーランスをやり始めてから一番いい形だろうと考えていた、『安定した給与がある状況で、自分が地域でやりたい仕事も続けられる』という環境を得ることができてしまった感じです。しかし、自分が管理の仕事とそのほかの仕事を両立できるかはやってみないと分かりませんし、本当にメンバーに迷惑をかける働きになってしまうという懸念は拭いきれません。自分のわがままを通し切れるほど甘いものでもないのも分かっていて、それも伝えた上で、4月以降の働き方について意思決定させていただきました。私がやると決めたので、地域の信頼にしっかり答えられるような事業所でい続けられるように、しっかりとバトンを引き継いで精進したいと思います。
終わりに
次女の二分の一成人式で感動したり、長男の受験が終わったりとプライベートでも色々なことがありました。これから引っ越しの準備をしたりとプライベートも忙しくなってきますが、フリーランスの重圧(なんて無いと思っていましたが実は心の奥底で感じていたようです)から解き放たれる先が見えて、安心感もでてきたように思います。
4月以降の働き方を決定してから、今契約をしているところにも今後について伝え始めました。それぞれの職場から「就職しても、この仕事にも少しは来てもらうことは出来ますよね?」や「少しでもいいから関わっていて欲しい」など、ありがたい言葉をたくさんいただきます。本当に、これまで仕事について真面目にやってきてよかった、と思うことばかりです。
おかげさまで、あいも変わらず忙しい毎日を過ごさせていただいています。今回も久しぶりの記事になってしまいました。引き続き、落ち着いて記事が書けるように、一つ一つ丁寧に仕事を完遂していきたいと思います。今後も地域貢献という目的はブラさずに、ゆっくり活動を続けていきます。また、記事を書けたときはお付き合いいただけると嬉しく思います。ご視聴ありがとうございました。
勤務できる方を探しています(しばらく毎回記事に掲載させていただきます)
今、私がやっている仕事で、以下の2つに興味のある方やご紹介いただける方はいないでしょうか。
○萩看護学校の技術試験や実習の支援を行う仕事。非常勤の扱いで、年間契約の時給制。学校側の指定する日時に働く(不定期)
○萩総合支援学校の医療的ケア児に関わる看護師としての仕事。非常勤の扱いで、年間契約の時給制。数名の看護師さんと勤務日を調整する。(相方の看護師さんにもよるかもしれないが、出勤の頻度は自分で調整できる)
私が、今後この仕事に残れるかが分からないので、次にになってくださる方がいればありがたいな。と思っています。興味のある方がおられましたら金銭的なことや、詳しい仕事の詳細は直接お話しします。興味のある方は、当ホームページの「お問い合わせ」からご連絡ください。






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