はじめに
夏も本番になり、暑い日が続いてますね。季節はどんどん過ぎていきますが、私は変わらずフリーランスの看護師としての日々を過ごしています。
今回は、ここ最近の仕事や、それを通して思ったことなどを書いてみます。フリーランスの看護師に興味のある方や今の仕事に何か思いがある方など、看護に携わる方に何か少しでも伝わることがあれば幸いです。
仕事について
フリーランスなので、必要がない時に仕事の依頼がくることはありません。看護学校の勤務は夏休みを迎えたこともあり、前の記事に書いた後からはしばらく勤務がない状況です。講義や実習の支援、技術試験の支援など、多くの仕事をいただけたことに感謝しつつ、夏休み明けに先生や学生さんにまた会えることことを楽しみにしています。
では、その他に行なっている仕事について書いていきます。
総合支援学校の勤務
あっという間に一学期が終わります。対象の児童の健康観察や有事の対応ということで働かせていただきました。業務上の大きな問題もなく、教員の方々との連携も少しずつ深まってきたことや、児童の成長を見られることなど、医療機関外で全くの他職種の方と関わる仕事ではありますが、非常に充実した時間を過ごさせていただきました。夏休み中はここでの勤務もありませんが、2学期は高等部の修学旅行の同行というミッションも待っています。とにかく安全に、安心してもらえるような関わりができるように努めたいと思います。
訪問看護ステーションの勤務
徐々に通常の訪問を開始しています。自分にとっては初回訪問になる方が多いので、フィジカルの所見をしっかりとって、本人やご家族からしっかり話を聞いて、その方への2回目の訪問に備えています。以前、自分のやっていたことを思い出しながらですが、訪問看護は初回よりも2回目以降の関わり方が重要だと思っています。看護の人に来てもらってよかったなって思ってもらえるように、訪問する自分が楽しみながらやっていきたいと思います。
ある利用者さんに訪問予定の電話をした時に、私が4年前に訪問看護をやっていたことを知っている方がいて、「私に磯本さんが訪問してくれるなんて勿体無い。本当に来てもらっていいんですか。」なんて言われちゃいました。プチ自慢になってしまいましたが、プレッシャーしかありません。「ただの新人看護師なので、そんなこと言わずによろしくお願いします。」と返答させていただきました。また、久しぶりにお会いした往診の先生から「この地域に定着するっていうことだよね」と声をかけられたりと、訪問看護に戻ってきて、自分のことを知ってくれている人の多さに気付かされています。頑張るしかないですね。

病院での外来夜勤勤務
ある2次救急病院の救急輪番日の夜勤をさせてもらいました。外来夜勤としては10年以上ぶりでしたが、救急車4台、ウォークインは数知れずとかなり忙しく、16時30分からほぼノンストップで朝の5時過ぎまで動きっぱなしでした。物の場所などが分からず、相方の看護師さんに迷惑をかけつつではありましたが、非常に充実した楽しい時間でした。よく認定同期の友人たちから「救急を裏切った人だ」とからかわれますが、救急看護は大好きなんです。救急看護の知識やスキルを、クリティカルな場面以外でも、その場所、その時、その役割の中で発揮できるようになりたいとは思っていますが…。こんな私に外来夜勤の勤務をさせて下さった病院の皆様、「○にそうやね」と言いいつつ笑いながら仕事をしてくれた相方の看護師さん、本当に感謝です。
仕事以外では
相談を受けることもあります
看護学校の先生から、「災害看護の教科書で災害急性期の看護師の役割のところに、「心肺蘇生法などの知識が必要である。」って書いてあるけど、これが凄く引っかかる。学生に宿題を出したら、災害急性期は心肺蘇生を行うからその知識が必要だとして、蘇生法についてまとめて来たから、何でって思ったら、教科書にそう書いてあった。蘇生法などの知識が必要ってここで書く必要はあるのかね?」と、問われました。
私の回答は、書いた本人ではないから憶測ではあるという前置きをして、
「確かに災害医療の概念としての「最大多数の最大幸福」から考えると、敢えて心肺蘇生を必須な知識として書くのはおかしく感じるかも知れませんね。でも、災害の規模によっては、必要な技術と言ってもいいと思います。
例えば、何百人と患者が押し寄せてくる中で、生存の可能性が少ない方に蘇生処置を一生懸命しているうちに、生存の可能性が高い方が倒れていってしまうようなことがあってはならないですよね。災害ってこっちのイメージが強いけど、例えば、災害は起こったけど当院にはその人しか運ばれていないとしたら、今から患者さんが増えるかもしれないからといって、その患者さんに対して処置を行わないということはないですよね。ニーズと医療資源のバランス次第でやることが変わるから、教科書に書いていることとしては、間違いではないと思います。でも、初学の学生は勘違いするかもしれないから、蘇生法という言葉はなくてもいいのかもしれませんね。
なので、学生に伝えるとしたら、災害時に必要な技術をまとめるのではなく、その時期にあった看護師の役割にはどんなことがあって、それがなぜ必要なのかという視点でまとめるように促すといいのかもですね。」
という旨の返答を行いました。急に質問をいただくことが増えてきて、その度に回答しながら自分の頭の中を整理できる機会になってることを実感します。看護って、解釈の仕方がそれぞれで違う場合が多いことも面白さの一つだと思うこの頃です。
プライベートでは
夏の祭りごとが、コロナ禍前のように戻って来ました。次女にとっては、物心ついてからだとほぼ初めての夏祭り体験です。会場で友達と会って、一緒に食べ物買って、水風船を釣ったりと嬉しそうにしている子供を見るのはいいものです。私はパパ友とお酒を頂きながら、久しぶりの祭りを肌で感じました。花火大会では、パパ友と飲みながら妻と娘が並んで花火を見ているのを後ろから見ていると、何だか泣きそうになってしまいました。コロナって本当に…。

終わりに
夏休みになって、収入に影響のある大きな仕事がお休みになります。じゃあ、「どうやって収入を得られるように動こうか」と、そんな状況も楽しめる感じになって来ました。会社に所属していれば、仕事がないことはないでしょうが、忙しくても忙しくなくても、真面目にやろうが真面目にやらなかろうが、決まった給料がもらえます。その安定感を羨ましく思うこともあります。フリーランスは決して万人にお勧めできることではありません。でも、「自分で稼ぐ」を経験することは、何か一つステップアップにつながるはず。まだまだ上を見ながら頑張ってみようとしているおじさんの行動が、誰かの何かになればいいなと思っています。






この記事へのコメントはありません。